第1回 地球環境数学

 こんにちは。お元気ですか。ぼくは元気でやっています。
 研究室の皆さんにはこの間お世話になりました。非常に実のある議論でした。感謝します。

 さて、いままで当ブログでは科学の最新成果を論ってきたわけですが、
 きょうからちょっとスタイルを変えて、オープンな議論の場、大学のような空間にしたいと思いました。
 せっかく科学をやっているので、未来に大きな夢を与えたいじゃないですか。
 所属や身分にとらわれずに、科学を大いに語り合いましょうよ。

 そんなわけで、きょうから企画モノ「数学の未来」を5回にわたって綴ろうと思います。
 「物理学」ではなく「数学」としている理由は、最後の第5回で書きます。
 第1回は「地球環境数学」です。

新知性宣言

 その前に、ちょっと宣言させてください。

個の人間は、他の人間だけではなく、他の動植物、地球環境との共生へと、知性をいずれ向かわせねばならない。

 これはぼくが2007年3月14日に秘かに掲げた規約です。人間の知性には残されたフィールドがまだいくつもあります。この連載では、「新数学ガイドライン」として5つの分野を挙げようと思います。
 きょうは地球環境数学です。

地球環境数学の父、ローレンツ

 地球は地殻のごく表面に大気と海洋をもつ惑星です。大気と海洋は流体力学によって説明されてきました。流体力学オイラーの流体方程式を源流として発展すると思われましたが、20世紀に入ってもさほど進展せず、古典力学の域を出ない分野だと考えられてきました。
 しかし、E・ローレンツ(1917-2008)は1960年、コンピューターを使った気象シミュレーションで「バタフライ効果」を発見します。その3年後、彼はのちにローレンツ・アトラクタと呼ばれる引き込み現象を定式化し、「カオス」を定義します。複雑系数学が発展します。
 彼は残念ながらノーベル賞に至らず亡くなりましたが、その功績は歴史的です。現在、複雑系数学にスポットがあてられていない理由は、ただ「穴場だから」です。今後多くの発見がなされるべき分野です。

ブラント・バイサラの状態方程式

 大気力学や海洋物理学では、流体力学から派生しただけあって、ふつうの物理学科や化学科出身の人が知らないような物理概念があります。たとえば、「温位」ってご存知ですか?英語ではポテンシャル・テンパラチャア、つまり潜在温度となります。温度に潜在的なものがあるとは..と驚かれた方、「ブラント・バイサラ」で探してみてください。
 気象学ではおなじみでしょうが、ブラント・バイサラの状態方程式というのがあります。
  
 θが温位、Pは気圧です。ρは高校で習った気体の状態方程式流体力学バージョンで、ρ=P/RTです。
 気象予報はよく外れるといいますが、この原因は大気力学がカオスを組み込んでいないからです。同じく、海洋、地形、季節など、気象にかかわるすべての数学に、ローレンツの思想を組み入れるべきなのです。

惑星モデルの構築

 気象を「不均一系反応場」として化学的にとらえ計算する向きもあります。おそらく、他の惑星の気象を推定するには、地球を観測しつつ標準惑星モデルを構築するのが手っ取り早いようです。地球に似た惑星に生命がいることを推定する計算法も、ただのフェルミ推定ではなく、モデルを使うようにするべきです。

 最後に、地球環境数学には2つの大きな社会的使命があります。ひとつは環境問題への数学的解を出すこと。もう1つは地震を予測することです。
 地殻については、地殻に由来する数学的基礎は未構築だとみてよいでしょう。地震が予知できないといって騒がしくなっていますが、「地震予報」ができるくらいの数学モデルが必要です。
 放射能の拡散が未知の領域である理由は、大気と海洋についての数学的理解が浅いからです。放射能自体はよく理解されているのに、肝心の環境数学がないのです。
 今喫緊でもっとも必要とされる数学は、この地球環境数学であることを、ぼくは信じています。