神のかけら

免疫と聖地

 人類史に残る聖人や預言者の中に、いまでは精神病で障がい者手帳を取得できそうな人物がいる。乾燥した土地の簡素な建物で動物を屠り、ウィルスがさらに蔓延しうるため、皮膚病や高熱で動けない人を出してしまう。風呂にも入れない環境だったために、身体より精神を清めるほうに重きを置く教理を生んだのだろうか。川の畔に生後捨てられていたり、飼い葉桶や馬小屋に産み落とされたりした赤ちゃんが、どうして預言者や偉人に育ったのだろう。
 統合失調症の遺伝子は、7割がグルタミン酸系の遺伝子、2割が免疫系の遺伝子で、それらが組み合わせて発現するとき発症しやすい。預言者が、産まれてすぐに免疫系に異常を来すくらい脳に傷を負ったとすれば、いまでは聖地となっている荒涼とし地域で、当時なんらかのウィルスが流行していたり、虫や鳥獣に食われるなどして外傷を負ったことが想像される。
 アトピーが皮膚の外傷から起こることが知られている。赤ちゃんのとき皮膚を切るなどして傷口から抗原などが入った時、長期化するアトピーとなる。すると、幼くして脳表面に外傷を負ったことが、統合失調症の原因かもしれない。

傷跡を修復するために

 ニューロンをつくっているタンパク質には、グルタミン酸を多く含むものが多い。大人の脳でニューロンの新生を担う「Dll1」というタンパク質は、12%ほどがグルタミン酸である。グルタミン酸は神経伝達を担うことで知られるけれども、ニューロンを構成する材料としても多くが使われている。
 仮に脳でグルタミン酸が使われる量がどの脳でも一定だとしよう。グルタミン酸が、損傷したニューロンの修復に駆り出される。グルタミン酸ニューロンの細胞構成要素として使われるため、情報伝達を支えるグルタミン酸が減る。したがって、グルタミン酸が集まった脳部位では機能が高まり、他の脳部位の機能は相対的に低下するといえる。
 脳全体を使うはずの思考が偏り、その部位が刺激されれば元気になるし、そうでない部位が刺激されれば普通の思考ができずに引っ込む。普通の伝達経路で思考をまとめられない病が統合失調症といえる。

ヒトはなぜ狂うのか

 情報伝達を担う神経伝達物質が細胞構成要素として駆り出されるとき、代替の情報伝達物質が流通する。流通している間は興奮する陽性症状に、ニューロンの修復を終えていくらか安定してくると、ドーパミンの流通が減り陰性症状に、その間に傷跡をめぐり組み替えられたネットワークが、以前と異なる認知をもたらすので認知機能障害になる。(認知症とは機構が異なるようだ。)神経伝達を担う物質と、神経タンパクの構成物質が同一物質であるために生じる病なのである。
 ヒトは脳に外傷や内部からの傷を負うと、傷を負った部位の機能を別の部位で補完しようとする。それはラジオなどの単純電子部品系ではなしえない。傷でだめになり数少なくなったニューロンをつなげまわして、少ないハブのネットワークをつくり、生活で不自由がないようにする。
 昔は言動が理解不能だった異能者が、実は脳に傷を負って頑張ってなんとかすれすれで生きている人だったとしたら、元気をもたらし励ましてくれることは理にあう。狂っているとみていた当初の印象が、誤りだったと気づくのが遅かったために、キリスト教が生まれたというのは臆測であるが。それでもやはり、彼らも神に祈っていた。生活に支障があるほど神に祈るのだし、敬虔な人をつくるのはいつの時代も障害なのだろう。