第3回 造形数学

 3回目は造形数学です。いま建築、彫刻、陶芸など、アートの世界で起こりつつある革命とは、数学とアートの融合です。いままではアートが新しい形を提供してきました。建築では、ル・コルビジェの5原則と「モジュロール」、レム・コールハースの重力に逆らう形態、伊東豊雄の透明で柔らかい多層構造は、モノの形を自由にしていく歴史でもありました。
 現在メディア系のアーティストたちは、プログラミング言語を駆使し、感覚に訴える手法を模索しています。CADと3D出力装置を利用し、不可能な知恵の輪やクラインの壷をはじめとする「ヒトの手ではつくれない形」を製作することができるようになりました。数学が提供する新たな形が、アートに影響を与えはじめているのです。

造形数学の父はマンデルブロ

 マンデルブロ(1924-2010)は、1975年の論文で「フラクタル」の概念を提示し、その4年後に複素数の差分方程式として定義される「ジュリア集合」を発表しました。このアイデアの肝は、次元を自然数ではなく実数に拡張したことです。われわれが住む世界は3次元だと思いがちですが、この世界には小数次元でできている形態がありふれています。雲、入江、葉、海面の漣。複素数まで拡張した数学で、ユークリッドの思想が拡張され、自然を数学で記述する自由度が飛躍的に高まりました。
 次元の実数化は、シミュレーションによって新しい形を生むことを可能にしました。形から方程式を導くこと、すなわち粘土を捏ねるようにしてプロトタイプをつくり、エレガントな数式に落としていく方法。これを造形数学と呼んでいます。

ロココ積分

 アルキメデスの螺旋はε=αφという単純な数式で表されることが知られています。しかしその螺旋の長さを求めるには、3次元極座標に落とさなければなりませんでした。巻貝の体積を求めるには、たとえば次の式はどうでしょう。
  
 図右のように巻貝を分解し、螺旋でぐるっとひと周りさせることで体積を求める方法です。何周か周るパラメータθと、漸次拡大するパラメータ k によって、二重の経路積分を行います。一般に多重経路積分を「軌路積分 trajectory integral」と呼ぶことにします。軌道や経路だけでなく、軌跡も求めることができます。
 図の巻貝の形、なんだか脳に似ていますね。脳の体積を軌路積分で求めることができそうです。

数学的操作による造形

 回す、裏返すといった幾何的操作によって、ありえない立体をつくることも可能です。たとえば下図左のように、平行な線分の組のうち一方を回転させ、ねじれの位置にくるようにします。その際、平行な線分の端を予めつなげておきます。このとき、ねじれた平面ができます。これを「捩面」と命名します。捩面はゴム膜で作れそうですが、その面積を求めるには、どうすればよいでしょうか、考えてみてください。
  
 また、以上の操作でできた軌跡は上図右のような立体になります。これを「歪包」と命名します。捩面の方程式が求まれば、歪包の体積を軌路積分で求めることができそうです。
 おまけですが、拉げた立体「拉体」の体積も、軌路積分で求められます。2種類の拉体をそれぞれ「膨」「媚」と名づけました。
  

夢みる少年少女

 1675年、ライプニッツパスカルの定理を漸化式として書き下すことで積分という演算を発見しました。ライプニッツは「記号による記号の再生産」という思想をもっていたことで知られ、のちのC. S. パースの「プラグマティシズム(汎記号論)」に大きな影響を与えました。
 造形数学によって数式を書き下すとき、微積分とは異なる新しい演算を発見する者が現れるかもしれません。きっとその人は、大人になっても記号や形によって記号や形を再生産する子供じみた夢を生涯持ち続ける、少年少女のこころをもつ人物なのでしょうね。