軌路力学 序説

第3の物理思潮

 これから新しい物理学の流れを示したい。その名も「軌路力学 trajectory physics」だ。ニュートン古典力学プランク量子力学に並ぶ、第3の物理思想だ。粒子運動の軌跡や経路の計算に着目する。量子可積分系非平衡統計力学素数分布定理によって統合することが目標である。まず歴史を簡単に振り返りたい。

事件は現場で起こっていた

 軌路力学の萌芽はJ.リュービル(1809-1882)にみられる。ある空間内で粒子が観測できる確率の時間遷移を表すリュービルの定理は、ある空間の体積の保存を導く。ところが、複数の粒子を対象とする場合、三体問題の不可能性のように、運動方程式を求めることはできないと考えられてきた。
 ところが、積分できる系も存在する。S.V.コワレフスカヤ(1850-1891)のコマ、戸田盛和(1917-2010)の戸田格子、F.カロジェロ(1935-)によるカロジェロ・モーザー系は、多数の粒子の間にはたらく力を記述し、軌跡を高次元空間での曲線で表す道を拓いた。
 一方、1895年に運河の波を観察してひらめいたという「KdV方程式」を研究していたP.D.ラックス(1926-)は1968年、これらの積分できる系における保存量について計算できる「ラックス形式」を発見した。これは量子力学におけるポアソン形式を洗練した、新しい力学の形式である。
 なお、軌路力学において、ポアソン括弧に相当する交換関係は、アルゼンチンの数学者M.A.ビラソロ(1940-)によるビラソロ代数が提供し、基底はI.G.マクドナルド(1928-)によるマクドナルド多項式が提供する。また、I.プリゴジン(1917-2003)が企図したとおり、演算子としてはリュービル演算子を用いる。

観測分解

 ふだんわれわれが事象を観測するとき、引き出せる情報には限界がある。たとえばF1を観るとき、車体を見るとスピードや軌跡は見えない。スピードをみると車体や軌跡は見えない。軌跡を見ると車体やスピードは見えない。このように、なにかに着目することで見落としてしまう情報があることを「観測分解 observable decomposition」という。
 軌路力学において、軌跡を計算するには、粒子の存在や運動速度をいちど度外視して、粒子の履歴を計算する必要がある。このとき、量子のふるまいは、ちょうどスポーツ選手の運動を一定間隔で写した連続写真のような描像となる。これを量子力学の「不連続性」という。
 自然の連続性は、粒子の存在が有限時間しかもたない量子論的世界観から連続性をすくい出す。生命は有限の寿命を生きる。太陽もいつか蒸発する。軌路は、粒子の非均質性と波の周期性を「自然の連続性」によって回復する。「諸行無常」「うたかた」「もののあはれ」という、日本古来から伝承する存在論と接続した物理学が、軌路力学である。