パーソナル・シネマ・パラダイス

お家芸

 Nature 484, 24-26, 2012 はfMRIの特集。ニューロンに酸素を渡し終えたヘモグロビンに磁場を与えると磁性を示すことを利用し、その磁場を画像化する装置がfMRIである。この原理を発見し装置の開発を先導した小川誠二氏は近々ノーベル賞を受賞すると噂されている。特集では酸素を測るのではない新しい原理で動く脳計測法の開発の話や、臨床への応用、磁石をさらに強めたり脳に計測用分子を注入したりする方法が紹介されている。
 ところで、日本人が作った装置であるfMRIのデータから、映像を計算して映すアルゴリズムの開発が、日本人の新たなお家芸になろうとしている。

fMRIから得られるもの

 3年前のATR神谷之康氏の論文 Neuron 60, 5, 915-929, 2008 は衝撃的だった。fMRIのデータを解読するアルゴリズムによって、目の前で見ている画像を復元したのだ。fMRIで脳がいまなにを見ているかわかってしまうのだ。さらに最近、西本伸志氏のグループもCurr. Biol. 21, 1641–1646, 2011で目の前で見ている映像をアルゴリズムによって復元した。fMRIから得られる情報は、あの見慣れた“脳の活性化部位”だけではないのだ。

私の映画館

 これらの成果は「夢を記録するデバイスの実現へ」とブレインマシンインタフェース(BMI)の文脈で語られることが多い。脳は操作可能である。才能や知性や能力を高める薬や装置が売り出されれば確かにほしい。パーソナルな領域を知られることについて倫理的な問題提起もある。
 でも、ほんとうに見たい物語とは、クオリアが脳という物質的基盤からどう生まれるかというストーリーである。脳と感覚器官の仕組みを物理学的に見れば、クオリアも物理的な存在であり、あまり不思議ではない。しかし、この不思議でない見方を表明しようとすると、なかなかいい表現ができない。ニューロンと映像、この関係の直接性に重要なヒントが隠されている。
 現在私の脳でシナリオが作られている。 私の脳という個人的な映画館で、誰よりも先に見たい映画である。